続•不妊女の毒吐きブログ

不妊で心が腐り、不妊治療を経て出産。心は回復するのか?日々の悩みを吐き出すブログです。

不妊治療に踏み出した経緯

気持ちはずっと不妊女

こんばんは。

これまで投稿を続けてきたけれど、不妊治療に踏み出した経緯って書いたことあったかな?と思い、まとめてみました。


結婚後すぐに妊活する夫婦もいますが、私達夫婦は絶対に子どもが欲しいとは思っていませんでした。お互いの生い立ちや価値観が理由かもしれませんが、経済的にゆとりのある生活がしたかったので、共働きで、お金に困らない暮しに満足していました。


結婚したら当たり前かもしれないけど、両方の親は孫を期待していて、周囲からも「子ども」のことを度々口出しされました。


良い気持ちはしなかったけれど、自分が願っていた生き方は出来ていたから、そうした期待や言葉に追いつめられるまではいっておらず、他人事のように聞き流していました。


それに、当時、職場の上司との人間関係に悩んでいて、子どものことや家庭のことに気が回らず、働きながら転職に向けて、資格の勉強をしていました。とにかく、働くこと、今の職場でやっていけないなら、新しいところへ行けるように、要はお金を稼ぐことが、私にとって一番大切でした。


そんな時、思いがけず妊娠しました。


正直、戸惑いました。


今後、働き続けられるのか不安。資格試験の勉強はどうするのか。だけど、親をはじめ周囲の期待には応えられるし、妊娠したことで上司の態度が変わるかもしれない、産休育休で職場から離れられるのは幸いかもしれない。勉強も正直しんどいから、これはこれで良かったのかも。


妊娠により、その時抱えていたしんどさから逃れられるような気がしました。


子どもは好きだし、家事も割と好き。


産まれたら、沢山絵本を読んであげて、家族でピクニックにでも行こうかな、と、子どもがいる未来を想像しました。


夫も妊娠を喜んでくれて、家族を持つ喜びが見えた矢先、残念なことになりました。


特に望んでいた訳じゃ無かったはずなのに、悲しいのはどうしてなんだろう。


失ったからこそ、我が子への愛情に気がつき、胸が締め付けられました。


さらに悪いことに、結婚から3年が過ぎていて、親や周囲からの「子ども」のプレッシャーがレベルアップ。


勇気を出して、母に流産の話をしたけれど、次があるからと言って、まるで、今回のことは無かったかのように、悲しみに寄り添ってくれない。


職場の人や親戚、目上の人は、何の脈絡なく、急に子どもの話を振ってきて、容赦なく責めてくる。子どもが出来ないのは病気ちゃうか?と言ってきたジジィもいる。いつもなら、コイツ腐ってんな〜と思って一蹴できたことが、流産で傷ついた心には、さらに言えば妊娠して産めなかった事実がある身としては、大ダメージとなりました。流産したんですと口にすれば、場が凍りついて、その後、どう接したら良いのか、瞬時には予想できず、苦笑いしか出来ない。言われたことに傷つき、何の対抗も出来ないことが情けなくて、私は生きているのが辛くなりました。


子どもが出来たら、この苦しみから解放されると思い、不妊治療の病院に行きました。


病院には心理士さんがいて、


元々は、子どもが特に欲しいとは思っていなかったこと、周囲から色々言われるのが嫌で、子どもが欲しいのは、自分のプライドを守る為だからかもしれないこと。流産した悲しみが癒えず、居なくなったお腹の子に愛情を抱いていたこと、色々話したと思います。


純粋に「子どもが欲しい」のか分からない。


気持ちの中に、世間体を気にしたり、俗に言う親孝行の為、子どもがいないことへの攻撃から身を守りたい思惑がある。そうした混じり気があって、子どもを望むのは、よくないんじゃないか。


心理士さんから、疑問に対する答えを貰った訳ではありませんが、気持ちより大事なことは、今出来ることに取り組むことだと、そんな趣旨のことを言われました。世間体の為に子どもを望んで治療する人、いっぱいいると。


それよりも、悩み抜いた結果、子どもを望んで治療を始めたものの、年齢の為に難しくて苦しむ女性を沢山見てきた。後になって悔やんでも、どうしても年齢に左右されることだから、将来の自分が悔やまないように考えて欲しいと。


何もしなければ、私は将来悔やむだろうな、

そう思いました。


自然妊娠したのだから、不妊では無いかもしれない。だけど、妊娠はたまたまで、私達夫婦だけで妊活に取り組むのは難しい。専門家の第三者に入って貰う方が、私達の場合は取り組める。それに、流産には理由があるかもしれないから、検査するに越したことは無い。


将来悔やまない為に。

今出来ることを。


その方法は、自己流の妊活では無く、妊娠のプロの不妊治療のクリニックで取り組むことでした。


ということで、33歳から治療を始めました。結婚4年目のことです。


これが、不妊治療をすることになった私の経緯です。