続•不妊女の毒吐きブログ

不妊で心が腐り、不妊治療を経て出産。心は回復するのか?日々の悩みを吐き出すブログです。

感銘を受けた記事

気持ちはずっと不妊女

おはようございます。毎日暑くて、屋台のカキ氷を食べる妄想をして耐えています。30代の終わりにもなると、お祭りに行く気力が無く、なかなか実現は難しいのですが、機会があれば絶対食べたい!


さて、猛暑や物価高でヘロヘロになって気分も凹みがちな時に、思いがけず素敵な記事を目にしました。


リンクは貼りませんが、FRaUのネット記事で、

『女は母か便所?ウーマン•リブのカリスマ「田中美津」に当時3歳の私が惹かれた理由』。


ちょっと過激なタイトルです。


映像作家の吉峯美和さんが田中美津さんに密着し、映画「この星は、私の星じゃない」を2019年に完成させました。この度、アップリンク吉祥寺で7/23まで再上映されることになり、吉峯さんが田中さんのどんなところに惹かれたのか綴ってもらった記事の再編集とのことでした。


私は、田中美津さんのことを知りませんでしたが、1970年代のウーマン•リブ運動のリーダーだったのが田中さんとのこと。


詳しい内容は、記事を検索して頂ければと思います。


ウーマン•リブやフェミニズムについて、あんまり良く分からず生きてきて、率直に書くと、そういう話はし辛い雰囲気がある。勉強しても就職には有利にはならないし、むしろ面倒くさいと思われたり、闘う女にはなりたくないと、学ぶことも話すことも避けてきました。


この記事を読み、ウーマン•リブの根幹には、誰かの期待に応えたり、周囲の眼からみた自分では無く、私を生きるために頑張る。今よりも、女性のあり方や生き方の型が決まっていただろう70年代に、女性が自分を解放するために始めた運動がウーマン•リブだったと知りました。


そして、田中さんのドキュメンタリー映画を撮った吉峯さんが、記事の最後の方で綴っていたことが印象的でした。


「私を生き抜いた果てに、他者を受け入れる」との見出しの箇所で、吉峯さんには子どもがいないそうですが、フリーランスの不安定さや激務があって、人生に全く余裕が無かった。仕事による自己実現はしてきたけれど、全面的に他者を受け入れる経験をしたことが無い、と。


田中さんには息子さんがいますが、田中さんでも自分の期待を押し付けず、ありのままの息子を受け入れるのは簡単ではありませんでした。

密着取材の過程で田中さんが徐々に息子さんを受け入れていく様子に触れ、吉峯さんは羨ましく感じたそうです。ありのままの私を生き抜くのは、幸せでもあり、孤独でもあります。吉峯さんは、田中さんがこの世で最も大切な息子さんを、一個の他者として受け入れていく様子を「愛」と表現していました。


記事の要約になってしまいましたが、「他者を受け入れる」との一文に気づきがありました。


結婚するのも、子どもも、他者を受け入れる行為です。それを、私たちは当たり前のことだと思って生きていますが、簡単なことでは無いはずです。


私の場合、母との関係性で、母は私を受け入れていないように感じてきました。結婚した後、私にはしばらく子どもがいませんでした。母は子どもがいない私を受け入れず、何とか子どもを産ませようと、脅しとも捉えられる言動を繰り返し、子どもがいる私の友人や近所の子の話を引き合いに出して、私を否定する。しかし、例えば、私を産んで幸せだったとか、子育てが楽しかったとか、母自身の話は全くしない。実際には分からないけれど、母はあまり子育てをポジティブに感じていなかったように思うのです。それなのに、私には強いてきて、そこに混乱が生じ無かったはずがなく、私たち親子は必要な事務連絡はし合っても、お互いの話をして来なかったと感じます。そして、母は強い女性だけど、世間が求めるものに自分を縛り、そうするのが正しいと信じているからこそ、娘の私にも求めてきたのだと思います。


母との関係構築は一旦区切りとして、我が子との関係性をこれから築いていくのですが、母に反発していた私も、我が子のありのままを受け入れられるか分かりません。しかし、出来れば我が子には、自分を受け入れてくれていると私に対して感じて欲しいし、私も子育てをポジティブなものにしたいです。そこで重要になるのが、私を生きるウーマン•リブの精神だと思います。


まとまったのか、まとまっていないのか、よく分からない終わり方になりますが、今日はこの辺で失礼します。


楽しい三連休を過ごしましょう。またね。


虐待事件から父親の苦悩を考える

気持ちはずっと不妊女

こんばんは。


ここ最近、子どもの虐待事件や、無理心中の事件が絶えず、胸を痛めています。


中でも、父親が我が子の命を奪う事件が増えているように感じます。逮捕された父親の多くは、無職や休職中で、勤めていても仕事の問題を抱えているように見えます。


事件は母親が仕事に行っている間に起こっています。将来を悲観して我が子を巻き添えにしたり、日頃のイライラを子どもに向けて暴力を振るったり、いずれにしても抵抗できない子どもに、自分が抱えている問題によって生じる苦しみや怒りをぶつけるのは許し難い行為です。


一方で、ネットでは、辛いなら自分だけ消えろと、厳しい意見が出ていますが、当然の意見とはいえ、そこに父親が抱えてしまう苦悩の原因があるように思います。


男性にとって、仕事は自分の評価そのものになっています。また、家庭の経済的な責任は、共働きの現代でも、男性の役割とされてます。それが何らかの事情で上手くいっていなかったり、身内や他人から否定的なことを言われたり、もしくは、言われたり思われていると妄想の域に入っいたら、堪え難い感情になるのは分かります。


私は結婚後しばらく子どもがいませんでした。子どもがいないことを私の人間的な評価に繋げて人格否定された経験があり、性別による役割の押し付けで苦しんだので、犯罪の擁護は出来ないけれど、追い詰められていた気持ちは理解出来ます。


また、他人の言うことを気にするなんてと思われるかもしれませんが、他人の評価こそが自己評価だと言えませんか?


あの時、爆発しそうな感情を抱え、いつも不安と怒りでパニック状態になっていました。もしも自分より弱い相手が身近にいたら、捌け口にしてしまっていた可能性は十分あります。感情の処理が上手く出来ず、自分にとって一番大切な存在を傷つけることで、自分の苦しみを分かってもらおうとする、それは認知の歪みなんだと思いますが、歪みが生まれることはあると思っています。


社会のこうあるべきという模範から外れてしまった時、私は、身近な人に気軽に話したり聞いたり出来ず、転んだ時の立ち直り方を学ぶ機会も、それまでにありませんでした。


世の中は、勝ち負けで物事を捉えていて、勝ちを目指して、勝った人を賞賛するけれど、負けに対してはとことん辛辣で冷たく、負けた人を見下す風潮があると感覚として身に染み付いていたからです。


私の場合は子どもがいないこと、男性なら無職や休職を「恥」と捉える考え方が社会に蔓延しています。恥とは負けを意味し、自分の価値観ではそう思っていなかったとしても、いつの間にか内面化しています。

相談出来ない心理的なハードルがあるのは間違い無く、身動きがとれず止まってしまう。解決の見通しが持てないと、将来を悲観するのは当たり前で、明るい未来を描けないと、子どもと暮らしていくのは難しいでしょう。そして、働けないということは、家族を養っていけないということで、働けない状況から抜け出そうとしたり、妻や親と話し合い、働けなくても生活出来るよう策を一緒に考えるのが、多くの人が選ぶ方法だと思いますが、自分が責任を持つべきと思っている子どもの方を消し去り、問題の解決とする人たちもいて、そうなると、精神的に治療が必要な状態にあったと考えられるけれど、妻や親でも、夫や息子の全てを分かっている訳では無いから、予見するのは無理だろうと感じます。


こうした事件の際、どうしたら防げたのか考えます。我が家に置き換えると、夫とは何でも話せる関係でいること。なるべくお金のかからない家計を目指す。何かあった場合に備えて、色々ムカつくけれど親とも繋がっておく。そして、私個人としては、自分の価値観について疑念を持ち、それが絶対では無いと思って、他人を否定するような言葉にはとにかく気をつける。仕事で行き詰まったら、労働相談窓口に連絡してみる、などです。



あんまり自分を追い詰めず、小さな楽しみを見つけていくのも大事だと思います。ちなみに、今の私の小さな楽しみは、マイボトルにコーヒーを入れて、駅のホームで一息つき、ホームから見える駐車場の車からお気に入りを見つけて、この車で海辺を走りたいな〜とか想像し、夢を持つことです。


それでは今日はこの辺で。またね

年子批判に思うこと

気持ちはずっと不妊女

こんばんは。ヤフーなどポータルサイトを見るのをしばらく控えていましたが、台風情報が気になりサイトに行くと、大谷翔平夫妻への年子論争の記事が出ていました。

(関係ない話だけど、ポータルサイトをポータブルサイトと最近まで勘違いしていました。恥ずかしい。笑)


有名人はプライベートまでジャッジされて、大変だなと思ったのと、大谷夫妻に限らず、年子批判は以前から存在していて、それって何でだろうと気になったので、考えてみました。


よく聞くのが、母体の負担を懸念してのもの。

出産後、医者から次の妊娠は1年開けた方が良いと言われたとコメントしている人がいました。


少なくなってはきたものの、お盛んね〜とか、もうちょっと我慢出来なかったの?と茶化すパターンもあります。それと、初めての子育てが始まったばかりで、まだ子どもがいる生活に慣れていないのに、すぐ2人目を作るのは、時期尚早では無いかと計画性を問う意見などもあります。


ただ、こういったことを言う人はごく一部で、大多数の人は、別に他所の家庭の子どものことについて口出しなんてしないし、正直どうでも良いと思っているように感じます。


私個人としては、年子は素直に羨ましい。


健康な体、経済力、育児のサポート体制、これが揃っていて、年子出産が可能な気がするので。


ただ単に出来ちゃったから、という場合もあると思うけれど、人間無茶なことには手を出さないとどこか思っていて、もしも妊娠したとしても、何とかなる土壌がその夫婦にはあるのだろうと思う。それと、一気に子育てした方が、むしろ負担が少ないと考えて、計画的に年子出産を目指して妊活する人もいるぐらいで、最近の年子は計画性を感じます。


今は共働きが主流の時代ですが、勤め先によっては最大で3年程育休を取れて、その間に2人産んだ人の話もちょこちょこ聞きます。


また、授乳中は妊娠しませんが(する場合もある)、初乳さえあげていれば、粉ミルクの品質が上がっていることもあり、必ずしも母乳じゃなくても大丈夫という考え方の変化もあり、私は最初から粉ミルクでしたが、周りの人も卒乳が早まっている印象です。そうすると、年子妊娠しやすいと言えそうです。


子どもが複数いる家庭を見ると、年の近いきょうだいのように見えます。ベビーカーはきょうだい仕様の縦2列ものだったり、ミニバンでチャイルドシートを複数つけていたりします。


母体の負担については、栄養面や生活環境、医療が整っていれば、そこまで気にしなくて良いとの意見もあり、女性自身が問題無いと思っていれば大丈夫ではないでしょうか。


ただ、女性の場合、男性に合わせる傾向があり(男性から見放されたら経済的に困窮してしまうから)、本当はしんどいのに断れず、結果的に妊娠して、夫は育児に非協力的、親にも頼れず、1人で全て抱えている女性も世の中にはいるので、そういうのを見聞きしていると、女性を蔑ろにしていないか、特に男性が圧倒的な力を持っていると、疑念が生じるのも分かります。


大谷翔平の場合は、人生設計プランを立てて、忠実に実現してきたのですが、子どもについては、1人で叶えられるものでは無いので、自分のプラン実現の為に妻に無理をさせたのではないかと感じた人もいるでしょう。子育てについては、女性が主体になることが多い分野。奥様の様子を直接知ることが出来ないからこそ、心配が否定的なコメントとなってしまった背景はありそうです。


とは言っても、大谷家はハッピーだと思うし、まだまだ若く、自然に家族が増えていく過程にあるのでしょう。


それに対して、世間では、若くして結婚するのが難しくなっています。不妊治療を受けている夫婦が多くいて、経済的な理由から2人目を諦めている夫婦も沢山いる。共働きが主流で、基本的には産休は1年。職場復帰や職場の状況に合わせて妊娠に踏み出せない人たちも多い。物価高、金利上昇、株価も上がっているけれど、社会保険料の負担増加や給料が上がらず、手取りが増えない現状。今現在の生活不安に加えて老後の不安も募る中、自分たちとかけ離れた生活を送る人を見て、心が痛む人も多いはずです。


みんな頑張っているけれど、思い通りにはいかず折り合いをつけながら、日々生きている。


ヤフコメを見ていると、世の中にある苦しみを感じます。だから、見過ぎると、落ち込んでしまうのはある。


子どもが複数いる家庭、年子の家庭は、経済的に恵まれているか(夫婦だけで無く、実家の基盤を含めて)、経済面はもう全く気にしていないか。

色んな家庭があるけれど、読み取れるものはあります。


しかし、それはあくまでも勝手な想像でしか無いのですが、自分が叶えられないことを、簡単に叶えているように見える人がいると、葛藤が出てくる。また、医者から言われたことを自分は守ったのに、気にしていない人の存在に触れると動揺する、というのもありそうです。


結局は、多くの年子出産は母子共に問題なく大丈夫なんだろうと思いますが、それが出来る人たちは、メンタルも体力も経済力も運も、あらゆる面で強さを感じます。


私とは真逆なので、チクっと胸に刺さるものがあるのも事実ですが、他人からケチをつけられて嫌な思いをした経験があるので、自分が嫌だったことは他人にしない。自分の幸せの追求に邁進して、他人とは区切りをつけられる人間になりたいと思っています。


それでは今日はこの辺で。またね〜