自分の幸せの裏で泣いている人がいる
こんばんは。
連休明けはやっぱりしんどかった。
連休と言えば、夫はずっと仕事だったけれど、昨日は休みでした。遠出していないし、連休最後の日に夫が大好きな「しゃぶ葉」に家族で行きました。久しぶりのしゃぶ葉、子連れでは初めて行きました。案内された席につくと、テーブルとテーブルの間に、座った時に隣が見えないようにロールスクリーンみたいな仕切りがありました。その仕切りを見て、自分の過去を思い出しました。
不妊治療をそもそも始めたのは、子どもがいないことで、馬鹿にされたり、否定的なことを言われて悔しかったからで、私にもプライドがあり、絶対に子どもを産まないといけないと追い詰められていました。不妊治療は終わりが見えないというのは本当で、暗闇と表現されることもありますが、とてつもない不安に襲われました。心身共に限界に達し、乳幼児の姿や声を聞くだけで過呼吸や衝動的に死にたくなり、日常生活にも支障が出始めて、耳栓やイヤホンをしてやり過ごしていました。そんなある日、気分転換のために焼肉の食べ放題に夫と行くことになりました。
すごく楽しみにしていたのですが、しゃぶ葉と同じように、隣の席とはロールスクリーンで仕切っていて、隣から2・3歳の男の子が、スクリーンを押してこちらを覗いてきました。何回かは我慢しましたが、食べ放題が始まる前に、夫に帰りたいと言ったところ、夫が店員さんに「子どもが苦手なんです」と話して、席を移動させてもらいました。ちらっと見ると、男の子のお母さんだと思われる女性が困惑したような、私に後ろめたさがあったからだと思うけれど、悲しげな表情に見えて、申し訳なかったな、と、楽しみにしていた焼肉も気持ちが下がって楽しくなかったです。
だから、子連れで外出すると、かつての自分を思い出し、私たちを見て辛い思いをしている人がいるんじゃないかと考えてしまうし、自分がされて嫌だったことを我が子や私がしてしまうこともあると思うと、悲しませてしまう人がいるんだろうなと胸が痛みます。
スポーツには勝ち負けがあり、勝った人の裏側には負けた人がいる。それは競技の中での話だけど、スポーツに人生を賭けていれば、負けることは、身を引き裂かれる程の辛さがあると思います。子どもの有無も同じ。子どもがいないことは人生の敗者でも不幸でも無いのに、あたかもそうだと言わんばかりに、子どもの有無にこだわる人たちがいて、あんたは負けていると、不幸だと、そして、頑張らないといけないと、プレッシャーをかけられて、まんまとその術中にハマってしまいました。さらに、本心から子どもを望むようになると、我が子に会えないかもしれないと不安になる中で、乳児やマタニティマークを見かける度に胸が張り裂けそうになり、その時の心の痛みは忘れられません。
かつての私が他人を見て泣いていたから、私たちを見て泣いている人がいるのでは無いかと。そう思うと、今の嬉しさの裏にあるものを感じずにはいられません。
今日はこの辺で、さよなら〜
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