人生のスタートラインは違っても

30代から40代へ移り変わるとき。第二子不妊治療をメインに、悔いなき30代と充実した40代を目指す前向きで時々後ろ向きなブログです。

家族の解散とお金

前を向いて行こう

こんばんは。

入院中の義母は、車椅子に乗れるまでになりました。そして、リハビリ専門の病院に転院しました。

転院の手続きには私達夫婦も同行。病院によるかもしれませんが、入院時に預り金で5万必要でした。義母からは預かっておらず、入院費用も、転院前の病院は、退院時の精算でしたが、今回の病院は、月毎に請求があるらしく、家族が支払うような流れで説明を受けました。入院セットのレンタル代、食事代、部屋を希望すれば部屋代、毎日お金が発生する。後期高齢者だし、医療費の部分はそんなにかからないかもしれない。でも、不随する費用は自費。それを、私達が払うのはちょっと嫌だな、と正直思いました。

預り金は、退院時に返金されるので支払いましたが、義母とお金の相談が出来ないまま、義母は入院病棟へ、私達は面会の予約をしてからじゃないと会えないと言われ、引き離される形に。

義父の食事代もずっと負担してきて、いつまで続くのか不安になっていた中、食事代については、今日義母から預かったので、ひとまず安堵。だけど、あくまで1ヶ月分ぐらいで、来月分がどうなるか分からず、こちらからは言いにくいから困る。

義母の転院手続きに、検査や医師との面談も含め3時間ぐらい。赤ちゃんを連れていたから、めちゃくちゃ疲れたけれど、その足で買い出しをして、義父の元へ。

案の定、飢えていた(涙)。そして、義母に対する恨み節、ケアマネが睡眠薬を盗んだという話をされ、エアコンをつけてはいたけれど、窓が全開で、勿体ないことになっていた。

義母から退院時に受け取った荷物の整理、義父の食事の準備、赤ちゃんのお世話、狂いそうになりながらやって、我が家の今朝のゴミ出しは出来なかったけれど、夫の実家のゴミ出しはした。

義父と義母の夫婦関係は随分前から破綻状態。そこに、義父の認知症、義母の事故入院。義母が退院して家に帰っても、義父も義母も苦しい思いをするのは分かっているけれど、それぞれ放っておけないので、必要なことは出来る範囲でやってきた。

家に帰りたい、帰ってきて欲しい、両親がそう思っているなら私達もやりがいがあるけれど、そうじゃないから、何の為にやっているのか分からず、ただただ消耗する。

夫は、両親は16年かかって、俺を産んでくれた。俺も、親が望んでいた孫が産まれて、子どもの務めを果たした。〇〇家は、皆務めを果たしたのだから解散して、それぞれが暮しやすい道を選んで良いと思っている。両親は離婚して良いし、個々人で生きていくことを考えた方が良いと思っている、と、帰りの道中話していました。

そうかもしれない、だけど、悲しいかな、個々人で生きるのはお金無いと難しいんだ、それが出来たら困らないよ、と心の中で思いながら、家に帰って、家族3人爆睡しました。


寝て起きたら解決していたら良いのに。

そうはいかないよね(苦笑)。